共時性は現実と夢が同一化されつつあるから多発している。

つい最近初めてビジネストリップでセドナに行ってきた。精神世界の聖地の一つらしい。
セドナホピ族の住んでいる所の1つで大自然が作った建物の様な山が一杯並んでいる。あるいは大昔の文明が作った町かも知れない。
あるいは今も地下に住んでいる人間や宇宙人が住んでいるかも知れない。
兎に角そういう神秘的な可能性が漂う地域なのだ。
その土っぽい赤色は実は土とかではなく鉄なのだ。
鉄で出来ている構造と言えばやはり発達した文明が建築する建物を連想してしまう。。。その一方でいろいろ浄化された。セドナの大自然に感謝している。
セドナのパワーは半端ではない。
ヴォルテックスというエネルギーが渦巻いている所は沢山ある。
磁場ではなく「源場」から生まれるエネルギーが渦巻いている。
源場(拙著が作った言葉だ。)のエネルギーは五感ではなく第六感の目で感じ取れる。私はまだ敏感性が足りないが少なくとものすごく穏やかさや落ち着きを感じ取れた。
特に世の中は陰陽の対立ではなく実は陰陽の合併やその包み込みで出来ていると感じ取れた。

セドナは単独な投稿に値する話題だが本稿はシンクロニシティー、つまり共時性という現象について話したいのだ。
実は最近のこちらの生活ではシンクロニシティーの頻度が高くなった様に思う。自分の回りもそういう風に考え始めた人もいる。更にもっと言えば世界レベルで一般的な現象になりつつある様だ。
因みにデービッド・ウィルコック氏は来年の春に出版する新著はシンクロニシティーをテーマとする様だ。
元々は共時性はカールヤングが提唱した概念だが「偶然の一致」、「同時発生」、「非因果的関連の原理」という定義がある。
だがこれよりもシンプルな現象の様に思える。。
私に言わせてみればシンクロニシティーとは意識的に思ったことがちょっと待っておけば無意識的なメカニズムを経て実現するという現象なのだ。本来ならば瞬間的に実現するだが。
実際、間もなく到来する黄金の時代では自分が思ったことが瞬間的に現れる。これは物質化や現実化というのだ。
元々はそういう世界に住んでいた。だが暫くその超能力(実は普通の能力だが)を失った生活をするという経験をすることを無意識的に選択し、今日に至る。幸いなことに只今それを取り戻しつつあってもうすぐ完全に自分の物にする。
更に「言霊」という言葉はある。
Wikipediaによると「言霊」とは”言葉に宿ると信じられた霊的な力のこと”なのだ。そして”声に出した言葉が現実の事象に対して何らかの影響を与えると信じられ、良い言葉を発すると良い事が起こり、不吉な言葉を発すると凶事が起こるとされた。”
いや実は影響を与えるのだはなくその言葉自体が現実の中で実現するという時代はあった。
今も「言」と「事」は発音が一緒だが実は意味も一緒だった時代はあるらしい。同一の概念だという時代はあったということだ。詰まり、発想と現実との区別はつかなかった時代だ。大昔はそうだった。2012年12月21日以後の時代もどう見てもそうなる。改めて申し上げるが2012年12月21日以後(日本では22日以後)の世界では徐々に「言葉」から「事象」への瞬間的現実化という基本的な性質が戻ってくる。もしかすると加速的に指数関数的なペースで取り戻すかも分からない。もしかして跳躍的に取り戻すかも分からない。これこそ本当の、普遍的な特異点の様に思える。レイカーツワイルが提唱している技術的特異点を越えて。バンカーソファー合同会社が探し求めていた真実の理念の様に思える。
これまでは古の知識を持っていた古の文明が全人類に教えてきた様に、ある時点に量子跳躍が発生し黄金の世界に一気に飛び入るのだ。。。この跳躍が正確に2012年12月21日に起きるかどうかは誰にも分からない。只その可能性はある様に思える。

余談はさておき、ここから共時性に関する具体的な例を挙げたいと思う。
実際、つい最近大きな、信じれない共時性が発生したのだ。
私は全くの無宗教者だがセドナ旅行の最終日に、ある理由があって(これについては又後日別の投稿で説明しようかと考えている)聖母マリアに関する何らかのアクセサリーを探しに行くことになった。
セドナは丁度チャペルがあるのだ。そこに行ったらアヴェ・マリアの歌曲が流れていた。
耳にしたことがあるかと思うが念のためにパヴァロッティが歌っているバージョンはこんな感じだ。


一個の蝋燭を捧げて地下の店に行った。店中を探し回ったが聖母マリアをテーマとした可愛い小物は無かった。出来れば緑色の物を探していた。ハートチャクラの色なので。
彫刻や絵はあったが気に食わなかった。
キュートな小物に強く拘った。出来ればメダイを買いたかった。
また次回にしようかと思い、あの小教会堂を後にした。
ところがセドナから東京の家に先に帰った婚約者(旅行の最初の部分は一緒だった。)が帰国日の翌日に色々掃除や片付けをしてたら思いも寄らぬことが起きた。
ガラスの食卓の下に物を置くスペースに奇跡が起きていた。
以下の写真が示すように緑色のロザリオを見付けた。

有り得ないと思う人はいるだろう。
だが論理的な説明は存在する。
強く望んでいたことが未だ理解や意識していないメカニズムによって現実化したのだ。
凄く綺麗なロザリオでしかも好みの緑色で現れてきた。
正直、最初は驚いたけど偶然として受け止めてはない。共時性として受け止めている。詰まり自分が生み出した現実として扱っている。
奇跡という呼び名はあるけど奇跡という表現は「その確率は限りなくゼロに近い」という意味も含まれているので適切ではないかと思う。
では何故望んでいた現実を生み出せたのか?
そのロザリオを良く見ると不思議のメダイという種類だ。より詳しく知りたい方は英語のエントリをご参考までに。しかもフランス語で書かれている文書が刻まれている。
” Ô Marie, conçue sans péché, priez pour nous qui avons recours à vous ”という祈りだ。
私は確かにフランスで生まれ育ったしそのメダイを見たことはあった。
更に申し上げると最近フランスに行った時に黒い聖母が溢れているル・ピュイという町を訪れていた。その黒い聖母は私の無意識に影響を及ぼしたと考えられる。
だが買ったことは一切ないと断言出来る。
しかも食卓の下に置く訳はない。:)
唯一言えるのは親近感があることのみだ。
そのメダイは夢の中でも現れてきたことがある気もする。

夢の中から現実の中に飛び込んだのか?もっと簡単に言えば夢と現実が同一の空間であり、両方共に源場のエネルギーで出来上がっている故に互いは互いの投影なのだ。
そろそろ第四密度の空間に移る(以前の投稿では次元という言葉を使っていたが実は密度と次元は同一の物ではないことに気づいた。後ほど別の投稿で詳しい説明をさせて頂きたい。)
その第四密度では物質界とアストラル界(夢で現れる世界)の境目は早いスピードで無くなりつつあると解釈している。

何故無くなりつつあるのかについては次回の投稿で私なりに説明するつもりだが兎に角セドナで受けた浄化によって共時性がこれから一杯出てくるに違い。
だがセドナに行く必要はない。心の浄化が齎す柔軟性と新しい知識があれば君もきっと共時性の存在に気付くであろう。

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